Finland

 1999年9月24日夜、コペンハーゲンから飛行機でストックホルムに発ち、翌25日朝、昼便のシリア・ラインでフィンランドのトゥルクへ向かいました。ストックホルムからトゥルクまで、大小の島々が延々と途切れず続きます。 もう黄葉が大分きていて、針葉樹の緑に混じり、他の季節だと気が沈みそうなどんより曇った空と海の間、明るい彩りを放っています。

 昼過ぎ、フィンランドの領海に入った辺りから空が晴れ上がり、呑まれそうな深い海の青に、輝くような広葉樹の橙色や黄色・・・夏の抜けるような明るさとは違う、物思いに誘われるような奥行きのある色合いです。同日夕方、船はトゥルク港に入港しました。

 トゥルクは、18世紀にフィンランドが帝政ロシアに併合される前、スウェーデン支配時代の古都です。アウラ川のほとりの大聖堂と木造の家々のたたずまいが古き良き時代の面影を伝えています。26日の午前中は、勤め先(当時、Erillは現地旅行会社で働いていました)でお世話になっているトゥルク在住のI先生に、市内を案内して頂きました。I先生は、トゥルク大学でフィン・ウゴル系言語の研究をしておられます。まず、トゥルク大学にI先生を訪ねました。

 トゥルク大学は、アウラ川のほとりの文教地区にあり、博物館や大聖堂のある一体を川に沿って、黄金色の木立の下を歩くいて行くと、いつの間にか大学の敷地に入ってしまう、という風なとても環境に恵まれた所です。学舎は、スウェーデンの影響が感じられる淡いピンクやイエローに淡く彩色された木造の2階建てで、大学とは思えない可愛らしいさです。先生の研究室で、言語史やフィンランドの大学事情について、興味深いお話を伺った後、大学の構内を見て回り、それから、アウラ川に沿って大聖堂を見学し、街中に出ての旧市街の街並みや広場を案内していただきました。


 マーケット広場で先生と別れて、午後からはトゥルク城を見学しました。トゥルク城は、1280年から建設された、中世の石造りお城です。フィンランドの中世の古城は、同じころのスウェーデンやデンマークのゲルマン系スカンジナビアの城と比べて、どこか柔らかなたたずまいです。当時の雰囲気を伝える祝宴の間や、中世の用具や食器などの展示が印象的でした。

 それから、夕方の電車でヘルシンキへと発ちました。

 27日は、ヘルシンキの街歩きです。帝政ロシア時代からフィンランドの首都になりました。2回目のヘルシンキ、今回は、現代フィンランドのモニュメントを見て回りました。

 テンペリアウキオ教会は、1969年に岩の地下をくりぬいて作られた、20世紀のフィンランド現代建築の代表作です。入ってみると、意外にも明るく、岩の中にいるということを忘れさせます。天井と壁の間に、ガラスがくるりとはめ込まれ冷ややかな、しかし柔らかい光が、すっきりとデザインされた教会内を満たしています。シンプルな物の良さを引き出し、余計な物を加えない、フィンランド・デザインの神髄を見る思いです。

 その後、街の反対側へ出、湖にかかる白い木造の橋を渡り、街の北に浮かぶ小島へ足を踏み入れました。もう落ち葉が積もった森の小径を抜け、島の先端、岩が半島ように湖水に突きだしたところまで歩きました。 ひっそりした静けさの中、見渡す限りの湖、遠く縁取るように空と湖を分ける森、その間に小さく浮かぶ毬藻のような小島・・・あまりの広がりに、しばし呆然と呑まれていました。

 30分位して、いい加減立ち上がり、森の中に戻って歩いていると、今度は空が晴れ始め、光が当たった白樺が輝くような黄金色に・・・慌てて湖のほとりに引き返すと、湖岸の黒い群青から、沖へすーっと薄れていく水色・・・結局もう1時間ほど、そこでじっと座っていました。

 この日は、サヴォンリンナのホテルに宿を取りました。湖沿いで、食堂から見る湖面の眺めが気持ちよい宿でした。 

 翌日29日は、再び列車でヘルシンキに戻り、夕方の高速船でエストニアの主都タリンへ向かい、バルト海の宝石のような世界遺産の街で、まる二日間を過ごしました(この間の印象記は、エストニアのページで)。

 10月2日土曜日、タリンからヘルシンキに発つ日、本当は午前便の高速船に乗るつもりが、またまたバルト海が荒れて欠航になり、午後1時発のフェリーに振り替えとなり、夕方ヘルシンキに着きました。

 ヘルシンキからは、夕方初のシリヤ・ラインでストックホルムへ移動しました。 同じシリア・ラインでも、ヘルシンキ航路は、12階建ての大型客船で、船の中は6階から12階まで吹き抜けが貫き、大変豪華です。 が、やはりその夜もバルト海は時化でした。 ヘルシンキ沖で、芝生の土地に、大砲が並んだ星型の島の側を通りました。世界遺産にも指定されているスオメンリンナ要塞です。 曇天の下、すごんだ迫力で睨みを効かせていました。

 その夜は結構揺れた上、私のキャビンは一番安い一番下の階の部屋だったので、船底で金属がぶつかる音がし、連鎖的にストックホルムとタリンを結ぶエストラインが沈没した事故を思い出し、少し不安になりました。

 10月3日、旅の最後の日、ストックホルムに降り立ち、にこれまでに何回か来たストックホルムで、まだ入ったことのないヴァーサ号博物館を見学した後、次に来るのは一体iいつだろうと思いながら、ガムラ・スタン(旧市街)の石畳の道を歩いて、夕方の飛行機で、黄金色に染まった森が小さくなるのを見ながら、コペンハーゲンへと立ちました。

 デンマークに帰ってきたら、ここ一週間で急に冷え込んだとかで、体感温度はスウェーデンやフィンランドと変わらないくらい寒くなっていました。

 フィンランド・エストニアを通じて、振り返ると秋の森と水辺と街のたたずまいがまぶたに浮かび、思い出すたびに印象が深まる、北の秋の静けさそのものに出会ったような旅でした。

 シベリウス公園は、1945年、作曲家シベリウスの80才の誕生日を記念して名付けられました。岩に刻まれたシベリウスの深い思念に沈む表情、そして、荘重な音の響きを感じさせるパイプオルガンのモニュメントが印象的です。フィンランドの風土を謳いあげたシベリウスにふさわしい、木々の色彩と海の音に包まれた公園でした。

 公園からバス乗り場に戻ると、湖の向こうにフィンランディア・ホールが見えます。白い壁面が、水辺の景観によく合います。時間が許せば、ここで、フィンランドのオーケストラによるシベリウスの曲を聴いてみたかったと思いながら、バスに乗りました。

 教会、公園、そして遠目に見えたホール。どのモニュメントにも、北欧デザイン特有の自然と現代性のバランスを見ました。

 28日は、サヴォンリンナに出て、フィンランド3古城の一つ、オラヴィ城を訪ねました。木立ちの向こうに、湖に浮かぶように佇む姿は、優美です。夏の間、オペラ祭が開かれるだけあって、大きくて立派な古城です。
 
 建造は1475年、スウェーデンの支配のもと、ロシアとの国境を守る要塞だったそうです。その歴史を裏付けるように、敷地内に入ってみると、城壁は大変堅牢で厚く、いくつもの銃眼がありました。

 ヘルシンキから、列車に揺られること6時間、西北部の湖沼地帯の中心、湖に延びた半島の上にある街、サヴォンリンナにいたりました。サヴォンリンナで列車からバスに乗り換え、森と湖をぬって約15分、ロマモッキラという所に向かいます。今夜は、ここでファームステイです。農場を利用した民宿で、希望すれば、牛の世話体験や、伝統工芸を習うことも出来ます。

 宿のお母さんは、笑顔のとても優しい人で、朝食の後、台所のパン焼き釜や、ポッパナ織りの道具を見せてくれました。お母さんお手製のフィンランドの家庭料理は、その人柄のように温かく、とても美味しかったです。